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49件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

1977-11-22 第82回国会 参議院 内閣委員会 第5号

和泉照雄君 私は防衛基本的な問題に関して質問をいたしてまいりたいと思いますが、まず第一点は、もう最近は余りそういう言葉は使われておらないようでございますけれども、昭和四十四年当時、有田長官のころ議題になった問題でございますが、自主防衛という呼び方と、専守防衛、この呼び方との実質的な違いというのはどういうふうな点にあるんでしょうか。

和泉照雄

1976-06-16 第77回国会 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第6号

太田淳夫君 現在までにいろいろと審議された中で明確になってきておりますが、防衛庁は可能な限り装備を国産化する方針をとってこられたことは、四次防に向けての有田長官原案作成指示、あるいは四十五年の中曽根長官特命事項として装備生産、あるいは開発の基本方針の検討を進めさせたその三大方針の中でもはっきりいたしておりますし、また、四十六年四月の四次防防衛庁原案でも防衛力の向上、装備国産化に資するため云々

太田淳夫

1972-11-08 第70回国会 衆議院 予算委員会 第5号

そこで、いま有田長官が申されたように、これは関係閣僚、すなわちこれは関係各省意味でしょう。そこで十分意見を調整した上で決定したものでありますと、私もその必要を痛感しておるので推進いたしますと、こういうお話でありますから、私は了といたします。なぜ私がそういうことをくどく言いますかというと、中には、あれは閣僚だけできめたのでわしは知らぬよというのがあるそうですよ。現に各省の中にあるそうです。

辻原弘市

1972-11-08 第70回国会 衆議院 商工委員会 第2号

○中村(重)委員 この法律の改正の主たる目的というものは円対策という形に置かれているのですが、あなたのほうもお答えになりましたし、また有田長官も御説明になりましたが、要するに、国際機関から現在のタイドをアンタイドに変えなければならぬ、いわゆる援助の形態、援助の条件というものを変えてもらいたいという強い要請というものが絶えずあった。

中村重光

1972-11-07 第70回国会 衆議院 予算委員会 第4号

有田長官もおっしゃいましたが、有田長官のときに、あなたの防衛大臣のときに、あなたは初めて公海作戦をとる構想を出されましたね。そして中曽根構想に引き継がれた。過去の経緯をよく勉強しておってくださいね。われわれはずっと一連の経過があるのです、質疑の中で。確認してきているのです。結局、中曽根防衛構想延長なんです。そして正面兵力は三次防の二・四倍です。単なる三次防の延長じゃないのですよ。

楢崎弥之助

1972-09-12 第69回国会 衆議院 物価問題等に関する特別委員会 第4号

最初に、前回の当委員会で、新任の有田長官とこの問題で若干のやりとりをいたしました。そこでお伺いいたしたいのは、政府が四十七年度の消費者物価見通しとして定められた五・三%、この消費者物価目標について、現状は一体どうなっておるのか、これからの見通しをどのように企画庁は考えておられるのか、最初にそれをお伺いしたい。

武部文

1972-08-31 第69回国会 参議院 商工委員会 閉会後第1号

最後に、有田長官にお聞きするのですけれども、けさの新聞によりますと、農林省では、新米から一八%消費者米価を上げると、こういうように何かきまったそうでありますけれども、過日、八月の二十三日に有田長官は、消費者五団体と会見をした際、米の政府売り渡し価格引き上げ幅生産者米価引き上げによって生じたぎりぎりの平均五・九%にとどめたい、こういうようなことを発表なさったというふうに聞いておるのですが、そうすると

原田立

1972-08-09 第69回国会 衆議院 物価問題等に関する特別委員会 第3号

武部委員 ただいま有田長官からごあいさつがございましたが、いずれ田中内閣としての施政方針演説で、こうした物価問題については詳しく方針が示されるものと、私どもは期待をいたしております。ただいまきわめて大綱的なお話がございましたが、私はこの機会に、新しい長官として物価政策に取り組まれる態度について、二、三お伺いをいたしたいと思います。  

武部文

1972-08-09 第69回国会 衆議院 物価問題等に関する特別委員会 第3号

そういった点まで含めて基本的なアイデアについては賛成だというふうに有田長官言われますと、これが国民にとっては非常に不安でもありますし、有田長官のおっしゃっていることは誤解されるんじゃないかと思いますけれども、それじゃいまの点は、基本的な考えにもだいぶ疑義がある、そう御訂正なさいますか。

有島重武

1972-06-06 第68回国会 参議院 内閣委員会 第17号

その前の有田長官時代から言っていましたよ。ところが有田長官から中曽根長官にかわったとたんに防衛白書を全部つくり直したでしょう。一たんできたやつを全部つくり直してまた出したんですよ。そういうふうな、大臣がかわると防衛白書も変わると、そういうようなのがいままでの実態じゃないですか。また、大臣いま、少なくとも昭和四十六年度は出ていないと言いました。昭和四十七年ですよ。

峯山昭範

1972-05-18 第68回国会 参議院 内閣委員会 第12号

この防衛白書が出る前に、当時有田長官は、防衛白書を出す、もうほとんどできているという話がありました。ところが、中曾根長官にかわったとたんに、ちょっと待てというのでストップされて、そしてしばらくたってからこれが出た。しかしながら出たこれは政府閣議決定されて、きちっとした政府了解のもとで出たのじゃない。これは要するに閣議了解というのですね。閣議決定じゃないわけです。

峯山昭範

1971-05-15 第65回国会 衆議院 内閣委員会 第26号

第三次防の初めまでは、安保条約基本にして日本の自衛隊の行動は副次的であるということになっておったのが、途中で有田長官のころからこれが変わってきたわけです。この変わった現時点においてはっきりさせておいていただきたいのは、自主防衛の立場から外部の武力攻撃に対して安保条約第五条の発動の前に防衛出動で処理できることと、日米安保条約共同行動に移ることと、その間の関係をはっきりさせていただきたいのです。

受田新吉

1970-07-08 第63回国会 参議院 内閣委員会 閉会後第1号

当時は有田長官でしたけれども、長官が行ったときには片づいて、なかったわけですけれども、ほんとうにこういうような問題、いろんな点から考えてみても、こういうふうな指揮官心得といいますか、教範といいますか、こういうふうなものは私はつくったほうがいいと思うんですよ。先日の委員会でも、私は長官指揮官心得はどうなんだと、こう言いましたら、長官が、私、見ましたと初め言いましたよ。

峯山昭範

1970-07-08 第63回国会 参議院 内閣委員会 閉会後第1号

私も前有田長官からこの問題の引き継ぎを受けまして、政府閣議決定で約束したことを必ず実行するように、昨年以来一番努力しているところでございます。在日米軍司令官がかわりましたけれども、この去っていく人はワシントンへ帰りますが、それから来た人、参謀長その他アメリカ大使等、あらゆる機会を通じまして、くどいくらいに私からも直接先方に話をしております。

中曽根康弘

1970-05-13 第63回国会 参議院 内閣委員会 第18号

その点どうなっているかということをきょうは聞きたいのですが、先日の委員会のときに、私は当時の有田長官にいろいろお伺いしたわけですが、そのとき長官は、この問題は相当長くなっているので、早急に解決するようにしたい、そういうふうな意味答弁を聞いております。その後この問題についてはどういうぐあいに処置をされたか、お伺いしたいと思います。

峯山昭範

1970-05-12 第63回国会 参議院 内閣委員会 第17号

これまでいろいろと伝えられておりますところでは、四次防についての防衛庁原案の仕上がりが、さきの有田長官によれば八月ごろというようなことであります。関係各省間との折衝が、大体常識的に一年ということを踏まえて、そして四十七年度からの発足ということであれば、常識的に四次防原案は十月ごろというふうに考えられてきたわけでありますが、一体そのような見通しでいいのでありましょうか。

上田哲